リスペクト | シェフズブログ | パーク ハイアット 東京

CHEF’s BLOG

James Holehouse

リスペクト

美しいマスクメロンが我々の前に整然と並んでいる。完璧な丸み、きれいな網目模様、全て同じ方向に向いたTの字にピンと立った茎。低い台に乗った男性がしわがれ声で叫び、彼の周りに立つ人々はパッと手を開きながら素早く指を動かしている。でも誰も一言も発しない。これが築地市場での果実のセリの整然としたカオス(混沌)の風景だ。非常に興味深い −とくにシェフにとっては−光景だ。毎日、日本全国や海外から運ばれた高級鮮魚、フルーツ、野菜の数々が卸売業者、レストラン経営者、料理人たちと取り引きされている。

今朝、ニューヨーク グリルのシェフ ステファンと資材部の田口とともに、いつになく早起きをして(ペストリーシェフにとっては朝5時というのはそれほど大変でもないのだが)、築地市場と大田市場に出かけ、ホテルと関係が深く知識豊富な卸売業者に会いに行った。非常に大きな倉庫の中をガイドに後れを取らぬよう足並みのペースを上げ、ジグザグに走るフォークリフトやターレーを避けるようにして歩く。様々な商品が並ぶ何列にもおよぶ棚は見るに圧巻だ。日本に来たばかりの僕がここに来たかった理由は、今この時期の旬の素材が何なのか、どんなものが日本で生産されているのか、より理解を深めたかったからだ。ちょうど今は苺が旬であるのと同様、柑橘類もとても美味しい季節だ。日向夏、デコポン、ブラッドオレンジ、柚子、金柑、せとか・・・どれも甘味、酸味、色のすべてにおいてはっきりと違いが際立っている。

我々の大切な卸売業者のひとりである清田氏の見識の深さは畏敬の念を抱くほどだ。でも、彼がこの果実倉庫で育ち、彼の父親から商売について教わってきたと聞けばそれほど驚くことでもないのだろう。5種の苺を我々の前に並べながら、それぞれの一番の特徴を教えてくれた。あるものは甘くジューシーで、またあるものは糖度と酸っぱさのバランスが程よく、大粒のスカイベリーという種類は先端がとても甘く、茎に向かって甘さがまろやかになる、など。どれもが苺のよい香りを放っている。当然のことながら、北米ではこのような商品として栽培されている苺を見つけるのは難しいだろう。

2つの市場を訪問する合間に、築地市場外にある小さな寿司店で朝食を取った。女将さんが賑やかに我々を迎え、大将は手早く新鮮な寿司と刺身を出してくれた。間違いなくこの素材は少し前に市場で仕入れたものであろうが、非常に新鮮で美味しかった。寒い朝、冷蔵エリアを数時間歩いた後に、濃い緑茶を頂戴し、温かい味噌汁で朝食を終えるのは心地よい。店を出る時、海藻のペーストがはいった小さな瓶を手渡されたが、どうやって食べたらいいのかまだわからない・・・きっと同僚があとで教えてくれるだろう。

いつもの仕事に戻るためホテルへ帰る道すがら、冷えた身体を暖めるかのような興奮が僕を満たしていた。日本人は食への尊敬のレベルが違うとはもともと思っていた。生産者であれ仲介業者であれ、料理人であれ、基本的にみな職人なのだ。僕はあらためて重責を担っていることを実感するとともに、パークハイアット東京でこうした素晴らしい数々の生産物を使い、ゲストに僕の作るものを味わってもらうのがとても楽しみだ。

ジェームズ ホールハウスはグランド ハイアット 香港を経てパーク ハイアット 東京にエクゼクティブ ペストリー シェフとして着任しました。カナダ出身、旅とペストリーアートをこよなく愛しており、これまでアジア、欧州、北米で研鑽を積んできました。